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がん保険は必要か?がん保険の必要・不要の決め方と5人家族の我が家の場合

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がん保険必要、不要

 

みなさん、がん保険には入っていますか?

5人家族の我が家は夫婦共にがん保険に入っています。

がん保険って本当に必要だと思いますか?もし私が1人で暮らしていたら不要だと思って入らないかもしれません。

 

保険は家族構成、考え方、価値観によってさまざまだと思います。我が家の場合は、私、主人共に絶対必要だと思って入っています。

 

がん保険が絶対に必要だと思って入っている我が家の理由は?

5人家族のがん保険

がん保険は必要か

がん家計?

私の父は大腸がんで51歳で旅立ちました。がんがみつかった時は既にステージ4でした。

 

父は、健康の為に毎日ジョギングをしており、健康には気を付けていました。食事は母が作っていましたので、外食が多いや冷凍食品、添加物いっぱいなどの食事ではありませんでした。

 

見た目は健康そのものでしたが、体の中の細胞まではわかりませんよね。だから、がんが見つかってステージ4と知って本当にショックでした。

 

毎年、会社で健康診断も受けていました。なのに、見つかった時はステージ4だったのです。何でもっと早くわからなかったのか・・・

 

父方の祖母は50代前半で脳卒中で旅立ちました。祖父は老衰。

 

母方の祖母は咽頭がん、祖父はすい臓がんで70代、80代で旅立ちました。

 

70代、80代の死亡原因はがんが多く仕方がないかもしれませんが、老衰と違って痛みと戦いながら旅立つ姿は見ていても辛いです。痛み止めも最後は効かずあんなに元気で「ばあちゃんはわがままだから」と言われていた祖母なのに痛みと辛さで自分で呼吸器の管を外して・・・

 

旦那の父親も50代前半で大腸がんで旅立ちました。私の父親が旅立った1年半後。

義理母が私の父親のお見舞いに病院に来た時に言われた言葉を覚えています。

 

「〇〇(私いまここ)のお父さんは几帳面で仕事が出来て忙しかったからがんになってしまったのかもしれないけど〇〇(旦那の父親)は自営業で自由に働いているしあんな性格だからがんにはならないと思う」

 

お義母さんとしては悪気はなかったと思いますがショックでした。

しかし、そんな義理父も私の父親が亡くなった後に大腸がんがみつかり、見つかってから半年ほどで旅立ちました。

 

 旦那ががんになったら?

がん保険必要性

 

私の父親が亡くなったのが51歳、旦那の父親も50代前半でした。私と旦那共に現在37歳です。

私の父親にがんが見つかったのが49歳、1年半の闘病を経て旅立つ。

 

今の旦那に当てはめてみると、後12年後にステージ4のがんが見つかり、1年半の闘病を経て旅立ってしまったら・・・不安でいっぱいです。

 

がんになったら仕事は出来るの?

がん保険仕事

 

私の父親、義理父親を側で見ていて思ったのは、今までと同じ生活は出来ないという事です。2人共ステージ4でした。

 

私の父親は福利厚生のしっかりしている会社で管理職として仕事をしていたようです。仕事について興味がなかったのでどんな仕事かわからず、会社の名前だけわかる状態。

 

福利厚生がしっかりしていた為か、休みも取得出来てはいました。しかし、抗がん剤投与の為定期的に病院に通っていました。

検査も定期的にしないといけないですし、よく病院に通っていました。

ステージ4だったので仕方ないかもしれません。

 

先進医療を行う?行わない?

がん保険先進医療

 

父親の場合は大腸がんで腸閉塞の為、手術をしなければいけない状態でした。腸閉塞がなかったら負担のかかる手術をせずに、抗がん剤投与の予定でした。

抗がん剤は何種類変えたか忘れてしまいましたが、始めは抗がん剤が効いてがんが小さくなっていても3か月後に検査をするとがんが大きくなっているの繰り返しでした。

 

当時、新薬だったアバスチンが大腸がんに有効という事でその病院では使えました。今までの抗がん剤が効かなくなっていたので父にとってはもうアバスチンにかけるしかありませんでした。

 アバスチンは大腸がんに有効とされていたので、私は治ると思っていました。

 

新薬の金額

がん保険大腸がん

 

新薬は1ヵ月42万~47万円だったと記憶しています。まだ認可される前だったので全額自己負担でした。保険適用の抗がん剤や治療については高額療養費制度で9年前は約3か月後に限度額以上のお金は通帳へ返金されていたようですが、最初の持ち出し金額が大きいなと思っていました。父親にとってはもうこのアバスチンにかけるしかなかったのです。

 

しかし、アバスチンを3ヵ月した後検査をしたところ、がんが大きくなっていたのでそれ以上の効果が望めずに副作用だけが出るのでやめました。

両親は心配かけたくない為かはっきりとした金額はいいませんでしたが、入っていたアフラックの保険で賄えたようで、助かったと言っていました。

 

母親は、「アフラックもう1つ入っておけばよかった・・・」と言っていました。確か父親は会社の同僚の奥さんが住友生命の保険レディをしていたのでその関係で住友の生命保険とアフラックに入っていました。

 

治療費以外のお金

がん保険アフラック

 

腸閉塞の手術1回、胸にカテーテルを入れる手術2回、抗がん剤が体に合うかどうかを決める為に入院をするのが数回、入退院を繰り返しながら通院すること1年半でした。

 

亡くなる前の1か月程は痛みがひどく、緩和ケアに入院をしていました。在宅が理想ですが、母は仕事、私と弟はもうすでに結婚していましたしそれぞれの家庭があります。独身だった妹も仕事があったので「痛い、痛い」という父親のそばにずっとついている事はできませんでした。

 

痛み止めの薬モルヒネだったのかな?粉薬を痛い時に飲んでいましたが、次第に効かなくなりました。母と父は別々の部屋で寝ていましたが、痛みが強くなってきた頃から布団を並べて寝ていたと聞きました。

その時に父親が泣いていたと・・・祖父が亡くなった時も泣かなかったのに・・・不安でいっぱいだったのでしょうね。

 

父親は夢の中で屋久島の屋久杉が倒れる夢を見た。50代で脳卒中で亡くなった母親が枕元に立っている夢を見たと母親に話したそうなので、精神状態も不安定だったのでしょう。

 

痛みも強くなり、在宅ケアが出来ない為緩和ケアへ入院をしました。家族としても痛みを我慢している辛さを見ているのは本当にきついです。

在宅で最後を迎えるのは理想ですが、痛みをとってあげて欲しいという思いが強かったです。痛みを我慢している顔を見るのは本当に辛い。 

その為、亡くなる1か月前くらいから入院をして病室へ出来る限り通っていました。

 

交通費

私、母、妹が闘病期間中には、父親を病院に連れて行ったり、入院中にパジャマや洗濯物を届けたりしていました。

車で40分~1時間はかかりました。母親は原付で通っていましたね。

時折、指定された時間内に行けない時はタクシーで行くか義理妹に頼んでいました。

駐車スペースはありますが、1時間100円だったと思います。

やはり、本人も落ち込んでいますし、私達家族も治ると信じているので出来る限り通って励ましたり、説明を聞いたりしていました。

私の場合は、実家から1時間ほどの所に住んでいたので闘病中は出来る限り通って顔を出したり、子供を見せたり、抗がん剤の副作用を少しでも軽減する為にアロママッサージをしていました。

がん保険交通費

 

 

アロママッサージをする前に病院へ行き、先生にも確認をとった所、大腸がんの患部を強い刺激をしなければ、抗がん剤の副作用軽減目的でマッサージをしてもOKと言っていただいたので、治るとは信じていましたが、もしもの時に後悔したくないという思いが強かったので、出来る限りのことをやりたかったです。

 

病院、実家へ行ったり、入院前後、検査前後の送迎で交通費はかかっています。

 

食費

 

私と弟は結婚して家庭を持っていました。妹は独身で実家暮らしでしたが、成人しているので自分の事は自分で出来ます。

 

母親は仕事が終わってすぐに、父親の病院へ向かっていました。一度家へ帰ってから病院へ行くと時間もかかって遅くなるので、洗濯物などを職場へもって行きそのまま病院へ向かっていました。

 

なので、病院に入っている食堂やコンビニで食事を済ませていたようです。

私、母、妹、父親の兄弟2名は手術の時にずっと付き添っていました。母親が病院の食券を買ってみんなで一緒に食べました。

 

検査や抗がん剤投与の待ち時間の時も食堂を利用していました。自宅から病院までが1時間はかかりますし、検査や抗がん剤の時間が2~3時間の時は待っている方がよかったです。

 

手術、入院期間、通院期間が長くなると病院に入っている食堂やコンビニを利用することが多くなるので、外で食事をするのが多くなりますね。

 

仕事、病院、家との往復で家での食事も今までのように手を掛けられていなかったと思います。

健康食品

がん保険食事

 

はっきり言ってけっこうお金がかかりました。私がいいと聞くものを見つけてきては実家に届けてその代金を母親から受け取っていました。

私が覚えている限りでも

実家の隣に住んでいるおばちゃんが乳がんで健康の為に水を変えたというのを母が聞いて水を変えました。

隣に住んでいるおばちゃんは庭の水道の栓の所を工事して30万円ほどする金属のような物を取り付けたと言っていました。

 

母は私に資料を見せて「どう思う?」と聞いてきましたが、手のひらサイズの金属のような物の写真が掲載されていました。

 

母親はそれを付けたくて、父親に相談したようですが、大反対されたようです。

「そんな物で効果があるわけがない」ということで、父親と一緒に電気屋さんに見に行って台所にパナソニックの浄水器をつけていました。

 

未だに、フィルター交換がされていない浄水器が実家の台所についています。

ハーブティー

がん保険民間療法

 

ジェイソンウィンターズティーという30袋入りで6000円ほどだったかな。知り合いからがんに効くと進められて父親に買って飲ませていました。

ねずみ講とか何とか言われていましたが、治るのだったら何でもよかったのです。そんなこと気にしていられませんでした。

抗がん剤が効かないとなるとそれに変わる何かが欲しかったのだと思います。しかし、父親はほぼ飲まなかったですね。

ノニジュース

これも、知り合いにがんにいいからと勧められて私が買っていました。4000円ほどだったと思います。これもねずみ講とか言われていましたが、がんに効くと聞いたら少しでも望みをかけていた感じです。

 

ジェイソンウィンターズティーよりは父親が飲んでくれました。正規で買っていたのですが、途中でヤフオクで安く売っている事を知りヤフオクで買って実家へ届けていました。

人参とりんごジュース

 がんについて色々調べた中で比較的取り組みやすく続けやすい食べ物が人参とリンゴジュースじゃないかと思います。

 人参とりんごジュース、一番父親がよく飲んでくれました。

 

始めは体を考えて人参の搾りかす、リンゴの皮も入ったドロドロの状態で飲ませていましたが、すっごく嫌そうに飲んでいました。

次第にドロドロなのが嫌と言うようになり。野菜カスが入らない、ジュースが作れる機械を買いました。

 

私は、結婚して離れて暮らしていたので、母親に「絶対毎日飲ませてよ!」と言って作ってもらっていました。

父親が自ら作って飲むという事は1度もありませんでした。

作ってくれたら飲むけどって感じです。食事の重要性とか父親はあまり考えてなかったのではないかな。

 

漢方薬

がん保険必要性

 

抗がん剤が効かなくなると母親が父に進めたのが漢方薬でした。父親は昔から痔持ちでした。ある漢方の店を信頼しており、そこの痔の薬で悪化した時はすぐに治っていたので、その店の漢方薬ならと飲んでいました。

子供の粉薬のように繋がった袋に入れられた漢方薬が1か月分3万円くらいでした。 

 

アガリスク

がんにいいと言われているきのこです。粉末タイプを買いましたが、不味くて飲めないというので辞めました。

 

 健康器具

がん保険入った

アロママッサージ

私がアロマテラピーインストラクターの資格、エステティシャンの資格があり出張マッサージで独立して仕事をしていたのもあって、抗がん剤の副作用の軽減、精神的なケアになればいいなという気持ちで、出来る限り実家に行きマッサージをしていました。

 

マッサージしている時は「がんが治りますように・・・がん細胞が減りますように・・・」という気持ちで手から私の元気な細胞のエネルギーを出すイメージで毎回マッサージをしていました。

 

がん保険マッサージ

 

抗がん剤の副作用で手、足の指先の感覚がなくなると言っていたので、少しでも改善するように、念入りにマッサージをしていました。

 

がん患者には冷えもよくないと書いていたので、低体温だった父親の体温を上げてがんの増殖を少しでも防ぐ為にも末端の指先、足先も念入りに、爪も念入りにマッサージをしていました。

 

仕事で腰、首が痛いとも言っていたので腰、首も念入りにマッサージをしていたのですが、あんなに偉大で背中が大きく見えていたのに小さく弱く感じました。

 

ひまし油湿布

エドガーケイシー療法として知られているひまし油湿布です。抗がん剤が使えないとなると自然療法を調べまくりました。

 

そこで、効果が高そうなのがひまし油湿布でした。

アロママッサージ最中に湿布を行っていました。ネットで大容量のひまし油を買って、ヒーターで温めて使っていました。

 

タラソテラピーパック

がん保険入ってよかった

 

仕事で使っているフィトメールのタラソテラピーパックもしました。

海水中に含まれるミネラルを体に取り入れることによって細胞バランスを整えて、元気な細胞を作って自然治癒力を高める目的で使っていました。

私があれこれ調べたことを出来る限りやっていた感じです。

 

免疫療法センター

母親がみつけてきたのが、免疫を強くする為の民間の療法のようなものでした。怪しくて父親は拒みました。

 

丸山ワクチン

がんが治らなくても癌と共存しながら少しでも長生きしてほしいという思いから調べたのが丸山ワクチンでした。

しかし、父親は拒みました。

 

まとめ

がん保険入った理由

 

私の父親の場合はがんが発覚してから1年半の闘病期間を経て力付きました。私はステージ4の父親の状態での生存率を図書館の、専門書で調べましたが、どの本を読んでもネットを探しても生存率は15%前後でした。

 

どんなに手を尽くしてもなくなる可能性の方が高いのです。しかし、それでも諦めたくないですよね。可能性は低いですが、奇跡をみんな信じていると思います。それに、ステージ4でもがんと共存しながら生きている人もいるのです。その一握りに入りたいと思い出来る限りのことを尽くすのだと思います。家族や支える人も後々、後悔しない為に色々やりたい思いでいっぱいなのです。

 

がんになった本人もそうですが、家族も落ち込みます。そんな時にお金があると病気に立ち向かう勇気も持てますし、そのお金で少しでも良くなる方法を出来る限り模索するのだと思います。

 

お金の心配があると、どんなにいい薬でも躊躇してしまいますし、民間療法もあれこれ出来ないと思います。私、母、家族が一生懸命「治る」と信じて行動している姿はステージ4の父親にとっても辛い抗がん剤を続ける上で励みになり、生きていく希望が持てていたのだと思います。

 

私たちがどうせ、ステージ4だし・・・抗がん剤も効かなくなったし・・・病院の先生にも余命を告げられているし・・・と諦めていたらもっと寿命が短かったかもしれません。もし父親ががんにならなかったらそれで、幸せな人生だったと思います。

 

保険に入っていたおかげで、出来る限りの治療、民間療法も出来たので私としては出来る限りの事はやったので後悔は残っていません。もっとお金があればこんなことが出来たのに・・・というのはありません。

 

がん保険すすめる理由

 

がん保険は使わなかったら損!その考えも一理あると思います。健康で長生きをして80代で老衰で亡くなった祖父は幸せかもしれません。しかし50代でがんで旅立った父親も幸せだっのではと思います。

 

先生から峠を告げられて母、私たち家族、弟たち家族、妹は別の病室に泊まっていました。私が寝ている時に夢の中で父親の葬式をしている夢を見ました。「幸せだったよ。ありがとう」と夢の中で父親に言われました。その瞬間に目が覚めて飛び起き病室に駆け込むと、母、妹が父親の側に寄り添っていました。

咳き込み大量に吐血をしました。ぐったりしました。

 

そんな状況を経験しているので、がん保険を使わなかったら健康で過ごせた事に感謝が出来ますし、がんになったらなったで保険のお世話になって出来る限り1日でも長く家族と共に生きたいと思います。

それに、旦那ががんになった場合もお金の事を気にせずに、出来る限りの事をやりたいと思います。

保険って結局考え方、価値観次第なのかなと思います。